すべてが他国から来た者同士のサッポロの街に
ライラックはよく似合う。
それは菊でも桜でもいけない。
明治に築かれたサッポロは紫色の冷え冷えとした
リラでなければ似合わない                     
                   渡辺淳一作「リラ冷えの街」より
         リラ

歴史が浅いさっぽろ、
すべてが他国から来たもの同士の寄せ集め
独自の文化がなく、日本の伝統や文化、
風習を軽んじてるところもりますが、
それが、札幌の文化かも?
6月に行われる「よさこいソーランも」はその代表的行事では!
         IMG_2738.jpg

四季の変化に富んだ自然が豊な
札幌の街が大好きです。




渡辺淳一は
私にとって、一方的ですが、個人的にかかわりのある方です。
膝が悪かった祖母が、札幌医大病院に通院していたとき、
整形外科の教授しておりお世話になりました。
その関係から、紹介状を書いていただき同病院で
心臓の手術を受けることになりました。

     生まれながらの
     心臓血管で
     このままだと二十歳まで
     生きられないと宣言されたのは
     もう、半世紀も昔のこと

     幼い子供は、このことを知らされたとき
     大きなショックを受けた
     近くの公園で
     何時間も物思いにふけって時を過ごした。

     当時この分野の医学の進歩は著しかった
     それから数年後、手術を決意した。     
     
     一時的に人工心肺を使用
     心臓を取り出してほころびを修復
     その後、心臓を元の通り戻す。
     口で話すと、簡単なこと
     当時でも、心臓の手術としては
     成功率が高かった。
     いまでは、ほぼ100%成功、回復する
     簡単な手術である。
     入院して10日後に手術をすることになった
     その間に、多くの人が手術を受けた
     亡くなった方もいた。
     不安がよぎるなか
     いよいよ、自分の手術の日が。

当時、外科学第2講座(胸部外科)の和田寿郎教授が執刀医。
とても気さくな教授で、子供心に、とても、頼もしく見えました。

渡辺淳一「ダブル・ハート」は
同病院の整形外科医時代、実際に行われた
心臓移植をモチーフに描いた作品

1968年8月8日、北海道立札幌医科大学において
日本で初、世界で第30例目の心臓移植手術が行われた。
手術を行ったのは、当時、外科学第2講座(胸部外科)の
和田寿郎教授であった。
ニュースの全てが衝撃的であり、
脳死という言葉を知ったのもこの手術でした。

自分と係わりのある方々が描かれており
どこまでが、事実で、どこからがフィクションなのか・・・。
複雑な気持ちで読んだのが今でも、記憶に鮮明です。


2008.06.05 Thu l 生活 l COM(8) l top ▲

コメント

★お返事★→sachiさんへ
脳死とは
臓器移植をするために
出来るだけ、新鮮な臓器を摘出することが目的で
人の死の基準を明確にしたのだろうか??
臓器移植が行われる前は
人の死を決める基準は「心臓停止と瞳孔散大」?
それでは、不十分なのだろうか?
逆に脳死状態なら十分なのだろうか?

臓器移植のための
アリバイ作りのために「脳死」という言葉が出てきたとは
考えたくないですね!!
2008.06.13 Fri l 管理者. URL l 編集
あの〜柳田邦男『犠牲』は大変重い内容の1冊でした。
この方の本は私には難しくて、この本たった1冊読んだだけなんですよ。

心身共に患った息子のことを赤裸々に書き、脳死と臓器(腎臓)提供への心の苦しみを書いたものだったと思います。
ずいぶん前の本ではっきりと覚えてませんが・・・・。

ただ、和田寿朗教授とは全く関係のないものです。
・・・・が、脳死に関わることが書いてあったので、思い出したまでなんですよ。
ちょっと、中途半端なコメントで申し訳ありません。

和田教授がフォーリーさん家族にとって、命の恩人と思われるお気持ちはとってもよくわかりますし、和田教授は素晴らしい医師だったと思います。

〈臓器移植には抵抗感があり〉と書かれてましたので、
この本のことを書いたのですが・・・
脳死とは臓器移植が可能になったから生まれた
言葉ではないかという気持ちと、やはり人の死は心臓停止と瞳孔散大、
の時だと思う気持ちが強くなったように思います。

でも、現代の医学界においては、時代遅れの考えかもしれません・・・。


2008.06.10 Tue l Sachi. URL l 編集
★お返事★→sachiさんへ
ノンフィクション作家柳田邦男の作品を好んで
読んだ時期がありましたが
『犠牲 我が息子脳死の11日』は読んでいませんので
内容はわかりませんが
自分の息子のことを書いた作品なのですか??
和田寿郎教授が必要でない
心臓移植を
脳死でない人から心臓を摘出したのか・・・・。
でも、自分にとって、命の恩人であることだけは
間違いのない事実です。
そして、すごく頼りがいがあって、
素晴らしい方だという印象しか残っておりません。
そうでなければ、あまりにも、悲しいから!!
2008.06.10 Tue l 管理者. URL l 編集
こんばんは〜♪
渡辺淳一、札幌医科大、和田寿郎教授・・・フォーりーさんとは縁があった方たちなんですね・・・。
ちょっと驚いています。

すっかり忘れてましたけど、思い出しましたよ。
心臓移植、テレビのニュースに大きく取り上げられてましたよね。
そして初めて聞いた『脳死』という言葉、ちょっと信じられない思いでした。
柳田邦夫『犠牲 我が息子脳死の11日』もうだいぶ前に読んだのを思い出しました。
脳死とは・・・・・考えさせられた1冊でした。




2008.06.08 Sun l Sachi. URL l 編集
★お返事★→NONちゃんへ
金曜日も土曜日も、雨がシトシト降っていて
でも、踊り子には、心地よいかも
昼からは、雨が上がったようです
今年は観に行けないのが残念です。

和田式人工心肺をつけて
心室中隔欠損症の手術をしてから
もう、40年をはるかに超える月日を
人並みに生活しています。
2008.06.07 Sat l 管理者. URL l 編集
★お返事★→⌒(*^ー^*)⌒ちゃんへ
生まれながらの心臓欠陥
和田教授の執刀で、
今は人並みに生活しております。
当時からみたら、医学は急激に進歩しているけれど
臓器移植には抵抗感があり、
その考え方を受け入れることができません。
変かな????
2008.06.07 Sat l 管理者. URL l 編集
晴れていますか〜
よさこい始まりましたね〜♪
お天気は大丈夫でしょうか。。。

和田寿郎教授の心臓移植手術は、今でも忘れられませんね。
もう40年も経っているのですね。。。
2008.06.07 Sat l NON. URL l 編集
 ふぉ〜り〜▼・ω・▼ Papa おはようございます⌒(=∵=)⌒

 札幌の待ちとライラック とてもお似合いですね〜〜〜♪

 心臓移植の話題 ずっ〜〜〜〜と前の事だけれど 覚えています…。
 
 拒否反応が出ないか 人ごとだけれど心配していた自分を思い出しました…。

 あれから 基礎となって ます*2医学も進歩して 凄い驚異です⌒(^^♪
2008.06.07 Sat l ⌒(*^ー^*)⌒. URL l 編集

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